眠れない独りの夜、ホットミルクをきらしてるーバナナブレッドのプティング
最近夜なかなか眠れず、不安の日々。
なんとなく、好きな漫画を再読した。大島弓子著『バナナブレッドのプティング』。
改めて読んでみて、ここ数年の自分と重なると感じる部分がいくつかあったので、今回はそのことについて書いていきたい。なるべく自分語りにならない様努める。
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「きまっていることだ
きまっていることだ
衣良のすることなすこと ことごとく
母は泣く
父はため息をつく」(p133)
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"衣良"は変わった女の子で、もう子供では無い年齢にも関わらず、子供がする様な遊びを好んだり、姉に精神的に依存しており姉の結婚を受け入れられないでいたり、いつまでも精神的に成長しない少女のままでいる。周りもそんな衣良に手を焼いている。
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『峠なんか試合にまければいい 峠なんか大きらい やさしい顔してうそついて!』
「あぁ、わたしはなにをいっていっているのだろう
どうして峠さんをにくむことがあるんだろう
にくむことなんかない きらうことなんかないのに」(p164)
「なぜこんなことを 大声でいわなければ気がすまないのだろう
なぜこんなに胸の中がモヤモヤするんだろう」
「わたしはやっぱり 夢の中の邪悪な鬼にたべられて邪悪な鬼になったんだ」
「そしてどんどんどんどん峠さんをにくくなっていく
わけなんか考えるまもなくにくくなっていく」(p165)
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衣良の友人"さえ子"はそんな衣良のことを思い、ボーイフレンドをつくることを提案する。しかし、衣良の理想のタイプは「世間に後ろめたさを感じている男色家の男性」。困ったさえ子は、偶然衣良に声を掛けた兄である"峠"に、男色のフリをして付き合ってもらおうと考える。
衣良は、世間に後ろめたさを感じている男色家である(と、衣良が信じ込んでいる) 峠と、「峠の男色家を世間から隠す」という目的で結婚の約束をする。
しかし結局、峠が本当は男色ではなくその演技をしているのだということを衣良は知ってしまい、兄妹そろって嘘を吐いていたことに気付く。峠に対し憎しみの気持ちが強くなっていく衣良。
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先日、一年くらい前の日記を読んで、辛くて独りで泣いてしまった。
衣良の様に周りの人が憎くて堪らなかった時期。今になって振り返ると、自分の思い込みが膨らんでいってしまっているだけだったのだが、当時は気が付かず周りにいる人を傷つけてしまった。「にくむことなんかない きらうことなんかないのに」という衣良のセリフが当時の自分とかさなって苦しくなった。
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母親「なんでわかってくれないのなんでもどってくれないの、うちに帰りましょう そしてちゃんと病院で治しましょう」(p194)
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その後、実際に男性と交際経験のある教授と共に生活をすることになるのだが、酒を飲んで急に迫ってきた教授に恐怖を感じた衣良はナイフを向けてしまう。
人を刺してしまった、と誤解し(本当は刺し殺してなどいずかすっていた程度)、逃げ回る衣良を見つけ、必死に叫ぶ衣良の母親のセリフ。
この物語の中で母親はひたすら困っているか泣いているか しかない。母親はただ心配が大きくなるばかりで、衣良の本質的な苦しみを理解することが出来ていない。
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「あなたはわたしの悲鳴がわからない
あなたはわからない!」(p194)
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しかし、人と人とは結局そうでしかない。人の気持ちなど分かり得ない。精神的に未熟な衣良は周りが見えておらずそのことに気付けない。自分の中に籠って苦しむだけだ。そして、それは峠に関してもいえる。衣良の純粋すぎる故の言動に遭遇するたび理解できず困惑している。峠は衣良の気持ちを努めて理解しようとはしない。しかし、峠は衣良の狂言妄言をすべて受け入れ、なだめ、衣良を安心させようとする。最後峠が衣良へ言ったセリフ(告白?)なんか、思わずウットリしてしまう程素敵だ。
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「わたしはいまいってみよう
ミルクを飲んで『あしたね』『またあしたね』」(p201)
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エピローグを読むと、衣良はその後幸せに過ごしたのであろうと想像できる。(エピローグの文章も綺麗で好き。)
嘘から始まった恋だったものの、結果的に峠との出会いは衣良を救ったのだろう。衣良には必要だったのだ、「綺麗で優しくて一等平和な」姉、ではなく、「衣良のすることなすことに泣き、ため息する」両親でもなく、衣良のことを否定せず、優しくホットミルクを差し出してくれる峠との出会いが。
人は人を完全に理解することは出来ないが、ありのままを受け入れ、お互いを尊重し合うことは出来るのではないか、と考えた。衣良の言動をそのまま受け入れ、優しさで返してあげた峠の様な存在が、この世の中では必要なのではないかと思う。
とくに最近では多様性がやたら主張されているが、やはり衣良の様な「異なる者」はまだまだ正常な人間として受け入れられそうにない。精神鑑定をしたらなにかしらの病名が付くことだろう。そういった人間が、衣良の母親が病院で診てもらおうとしたように、隔離されてしまうのではなく、なにか別の、平和的解決の仕方は、生きづらい人間がかなしい思いをしないで済む方法は、ないのだろうかと思う。やはり周りの人、環境って大切だとこれを読んでも分かるが、そういったものにも恵まれない人は…。難しい問題だ。
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今は牛乳をきらしているが、あすにでも自分の足でスーパーに行き、牛乳を買い、夜買ってきたそれを温めて、つかの間自分で自分を救うことが出来るだろう。
しかしこの漫画を読むと、温めたミルクを差し出してくれる相手が側にいる未来を、願わずには居られないのだ。